改善効果の金額化¶
30秒まとめ¶
「工数が 30 時間減りました」では投資判断に使えません。効果は 確定(現金支出が実際に減る)/見込み(データ未検証)/参考(社内工数) の 3 つに分け、混ぜずに出します。電気計装の改善効果は、生産停止時間・電力量・契約電力・外注工事費・部品と予備品・社内工数・保安リスクの 7 つの出口 のどれかに必ず落ちます。単価は自分で置かず経理・用役担当と合意した値を使い、「誰が・いつ・どのデータで確認するか」まで書いて初めて稟議で使える数字になります。
なぜ「工数が減った」では通らないのか¶
工場長・経理が見ているのは、P/L のどの科目がいくら動くかです。現場の改善報告が通らない原因はほぼこの 3 つに絞られます。
| よくある報告 | 何が問題か |
|---|---|
| 「年間 200 時間の工数削減」 | 人員を減らさない限り給与支払額は変わらない。現金は 1 円も減らない |
| 「停止時間を 22 時間短縮」 | その時間に生産していたのか、作った分が売れるのかが示されていない |
| 「年間 500 万円の効果」(内訳なし) | 確実な分と希望的観測が混ざっている。翌年 P/L が動かないと次から信用されない |
一度崩されると戻らない
効果を大きく見せるために社内工数を金額換算して合計に足すと、その場は通っても翌年の実績照合で必ず露見します。金額の信用は一度失うと回復しません。 小さくても検証できる数字を出すほうが、長期的には多くの案件が通ります。
効果の3分類¶
提案書では必ずこの 3 つを別々の行に書き、①だけを合計します。
| 分類 | 中身 | 合計への扱い | 検証手段 |
|---|---|---|---|
| ① 確定 | 実際に現金支出が減る。外注工事費・電力料金・部品費・休日出勤手当 | 合計に算入する | 請求書・検針値・給与データ |
| ② 見込み | 起きる公算は高いが実績データによる裏づけがまだ無い | 合計と分けて表示。検証後に①へ振り替える | 検証方法・時期・担当を明記する |
| ③ 参考 | 社内工数。人員が減らない限り現金は減らない | 金額を合計に混ぜない。人時(h)で示す | 勤怠データ |
③は「削減した人時を何に振り向けるか」をセットで書くと通ります。たとえば「年 144 人時を予兆保全のデータ整備に充当する」と書けば、価値が伝わったうえで金額の水増しにもなりません。
唯一の計算式¶
テーマが何であれ、効果額はこの 1 本で計算できます。
年間効果額 = (従来値 - 改善後値) × 対象数量 × 単価 × 年間実施回数
テーマごとに違うのは「何を従来値・改善後値に置くか」「どの単価を掛けるか」だけです。
コスト増も同じ式で書ける
改善に伴って増える費用は 従来値 = 0/改善後値 = 増える量 と置きます。差が自動的にマイナスになり、効果から差し引かれます。コスト増専用の欄を作る必要はありません。
電気計装の改善が効く7つの出口¶
自分のテーマがどの出口に落ちるかを最初に決めます。ここが決まれば、掛ける単価も自動的に決まります。
| 出口 | 従来値・改善後値に置くもの | 掛ける単価 | P/L・B/S 科目 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 1. 生産停止時間 | 停止時間(h) | 限界利益(円/h) | 売上高 | ★停止中に生産していたか、増産分が売れるかを必ず確認する(次節) |
| 2. 電力量 | 消費電力量(kWh/年) | 電力従量単価(円/kWh) | 用役費 | インバータ化・高効率機器更新はここ |
| 3. 契約電力 | 契約電力(kW) | 基本料金単価(円/kW・月)× 12 | 用役費 | 年間最大デマンドを削らないと 1 円も減らない |
| 4. 外注工事費 | 延べ人日・台日・足場面積 | 工事単価・レンタル単価 | 修繕費・外注加工費 | 最も確実に検証できる。請求書で追える |
| 5. 部品・予備品 | 年間交換個数・在庫金額 | 部品単価・在庫保有コスト率 | 修繕費・棚卸資産 | 在庫金額そのものは利益ではない(後述) |
| 6. 社内工数 | 作業時間(h) | 金額換算しない | P/L に出ない | 人時で語る。分類は「参考」 |
| 7. 保安・災害リスク | 重大災害・法令違反の件数 | 金額化しない | P/L に出ない | 件数とリスクレベルで語る |
7 を金額に換算しない
保安効果を「災害 1 件あたり損失 ◯◯ 万円 × 発生確率」で金額化すると、他の投資と同じ土俵で比較される対象になります。安全は比較対象ではなく前提として、件数で示してください。
単価は自分で決めない¶
7 つの出口に掛ける単価は、必ず経理・用役担当から取得します。自分で置いた単価は会議で必ず崩されます。
| 単価 | 取得先 | 備考 |
|---|---|---|
| 限界利益(円/h、円/t) | 経理 | 売上高 − 変動費。粗利や売価で代用しない |
| 電力従量単価(円/kWh) | 電力会社請求書 ÷ 使用量 | 燃料費調整額・再エネ賦課金の扱いを経理と揃える |
| 基本料金単価(円/kW・月) | 電力需給契約書 | 力率割引の条件もここで確認する |
| 社内 時間当たり労務費(円/h) | 経理の部門別時間当たり労務費 | 賃金 + 法定福利 + 部門間接費 |
| 時間外・休日出勤手当(円/h) | 給与規程 | 実際に支払いが減る分。分類は「確定」 |
| 工事単価(円/人日) | 年間単価契約書 | 職種別(機械・電気計装)に分ける |
| 在庫保有コスト率(%/年) | 経理 | 金利 + 保管費 + 陳腐化。一般に 15〜25 % |
一度合意すれば全テーマで使い回せる
この表を一枚作って経理の承認者名と合意日を残すと、以後の改善提案から単価論争が消えます。最初にやるべきはテーマの計算ではなくこの表の作成です。
限界利益(contribution margin)とは¶
売上高から変動費(原料費・用役費・外注加工費など、生産量に比例して増減する費用)を差し引いた額です。労務費・減価償却費のような固定費は差し引きません。
生産を 1 時間止めたときに失われるのは売上高そのものではなく、この限界利益です。経理に「この製品の限界利益は 1 時間あたりいくらか」と聞けば出てきます。
「作れば売れるか」の判定¶
出口 1(生産停止時間)の効果は、この判定ひとつでゼロになります。改善提案が経理に崩される最大の原因がここです。
flowchart TD
A[停止時間を短縮した] --> B{その時間、本当に\n生産していたか}
B -->|休日・計画停止で\n元々止まっていた| Z[出口1の効果はゼロ\n出口2〜5で勝負する]
B -->|生産していた| C{増えた生産分は\n売れるか}
C -->|フル操業・引き合いあり| D[限界利益で計上してよい]
C -->|需要が頭打ち| Z
需要が頭打ちなら、稼働時間を増やしても在庫が増えるだけで利益は増えません。その場合は出口 2〜5(電力量・契約電力・外注工事費・部品)に改善の力を振り向けるのが正解です。どのテーマに人を張るべきかを、この判定が教えてくれます。
計算例:全停電工事の1日化¶
受変電設備の年次点検に伴う全停電工事を、従来の 2 日間から 1 日に短縮する場合です。
数値はすべて仮置きの例
以下の単価・数量は計算手順を示すための例です。実際の試算では自社の単価契約書・作業日報・勤怠データの実額に置き換えてください。
① 確定効果(1 回あたり)¶
| 項目 | 従来 | 改善後 | 差 | 単価 | 効果額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 電気工事(延べ人日) | 24 人日 | 16 人日 | 8 人日 | 45,000円/人日 | 360,000円 |
| 高所作業車 | 4 台日 | 2 台日 | 2 台日 | 35,000円/台日 | 70,000円 |
| 警備員 | 8 人日 | 4 人日 | 4 人日 | 22,000円/人日 | 88,000円 |
| 仮設発電機(賃料+燃料) | 2 日 | 1 日 | 1 日 | 110,000円/日 | 110,000円 |
| 休日出勤手当(実支払) | 192 h | 120 h | 72 h | 3,000円/h | 216,000円 |
| 小計 | 844,000円 |
延べ人日が減るのは、事前のプレハブ加工と工程の並列化で、2 日案にあった試験待ち・2 日目の再養生と再 KY の時間が消えるためです。
② コスト増(1 回あたり)¶
| 項目 | 従来 | 改善後 | 差 | 単価 | 効果額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 事前プレハブ加工(外注) | 0 | 1 式 | −1 式 | 120,000円/式 | −120,000円 |
| 仮設投光器・照明 | 0 | 1 式 | −1 式 | 40,000円/式 | −40,000円 |
| 追加安全監視員 | 0 | 2 人日 | −2 人日 | 22,000円/人日 | −44,000円 |
| 小計 | −204,000円 |
③ 判定¶
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 正味 確定効果(1 回あたり) | 844,000 − 204,000 = 640,000円/回 |
| 年間実施回数 | 2 回/年 |
| 年間 正味確定効果 | 1,280,000円/年 |
| 初期投資(治具・作業手順の標準化) | 800,000円 |
| 単純回収期間 | 800,000 ÷ 1,280,000 × 12 = 約 7.5 ヶ月 |
参考(合計に含めない): 社内立会工数 72 h/回 × 2 回 = 144 人時/年。予兆保全のデータ整備に充当します。
この例で停止時間の効果を計上してはいけない
全停電工事は休日に実施するため、生産は元々停止しています。停止時間 48 h → 26 h を限界利益 120,000円/h で換算して「年 528 万円の効果」と書くと、経理に一撃で崩されます。前節の判定フローの左端(元々止まっていた)に該当するケースです。
部品・資材のベンダー変更は単価差で語らない¶
出口 5 に該当しますが、購入単価の差だけで比較すると判断を誤ります。計器・伝送器・遮断器・ケーブルなどのベンダー変更は、年間の TCO(Total Cost of Ownership, 総保有コスト) で比較してください。
| 比較する費目 | 現行 | 新規 | 見落としやすい点 |
|---|---|---|---|
| 部品購入費(年間交換個数 × 単価) | 寿命の差が単価差より大きいことが多い | ||
| 交換工数(外注人日) | 取付性が変われば工数も変わる | ||
| 予備品の在庫保有コスト | 納期が短くなれば安全在庫を減らせる | ||
| 物流・荷役費 | 海外調達では増えることがある | ||
| 技術サポート・立会費 | 導入初年度は増えるのが普通 | ||
| 故障・不具合による停止 | 安い部品が早く壊れれば TCO は悪化する |
これに加えて、切替コスト(一時費用) を必ず計上します。実機トライアル・材質や仕様の同等性評価・図面と保全基準の改訂・作業要領書の改訂と教育、そして移行期に使い切れずに残る現行在庫の評価損です。最後の項目が最も忘れられ、最も指摘されます。
「変更しない」も数字で言える
TCO で比較して現行ベンダーのほうが安いと分かったら、「変更しない」と数字で報告するのが正しい技術判断です。このシートの価値は採用を後押しすることではなく、判断の根拠を残すことにあります。
技術的な同等性の確認(設計条件への適合・防爆認証の区分一致・SIL・材質証明・既存図面との整合)と供給継続性の評価は メーカー選定 が正典です。効果額の計算だけを本ページで扱います。
検証の約束¶
これが無い提案は一度きりで終わります。 提案書の最後に必ず付けてください。
| 確認すること | 担当 | 時期 | 使うデータ |
|---|---|---|---|
| 外注工事費の実減額 | 保全・電気担当 | 工事翌月 | 請求書と前回実績の差額 |
| 休日出勤時間の実減少 | 保全・電気担当 | 工事翌月 | 勤怠システム出力 |
| 電力量・契約電力の実減少 | 用役担当 | 実施後 3〜12 ヶ月 | 検針値・デマンド記録 |
| 安全面の影響 | 安全衛生担当 | 実施当日〜翌週 | ヒヤリハット報告・復電後の不具合記録 |
実績が計画の 80 % を割ったら理由を書きます。理由が「前提の単価が違った」であれば単価表を直します。これを繰り返すと算定精度が上がり、提案の通りやすさが変わってきます。
よくある失敗¶
| 失敗 | なぜ崩れるか | 正しくは |
|---|---|---|
| 社内工数を金額換算して合計に足す | 人員が減らないので現金が減らない | 人時で示し、再投資先を書く |
| 停止時間を限界利益で換算する(休日工事) | 元々生産していない | 出口 1 はゼロ。出口 4・5 で勝負する |
| 増産効果を計上する(需要が頭打ち) | 作っても在庫が増えるだけ | 販売部門に需要を確認してから計上する |
| 売価や粗利で計算する | 変動費が差し引かれていない | 限界利益を使う |
| 電力の基本料金を「平均使用量」で計算する | 基本料金は年間最大デマンドで決まる | ピークを削った分だけを計上する |
| 在庫削減額をそのまま効果にする | 在庫金額は利益ではない | 保有コスト率を掛ける。廃棄損の回避は別途 |
| 効果だけを並べてコスト増を書かない | 増員・事前準備・安全対策の費用が必ずある | 自分から開示し「差引でいくら」を示す |
| 3 年分を合計して大きく見せる | 初年度の検証ができない | 年間効果額で示し、累計は別行にする |
根拠¶
法令に基づく事項¶
本ページに法令に基づく記述はありません。 効果の分類・計算式・単価の取り扱いはいずれも原価計算と投資評価の実務手法であり、法令の規定ではありません。
改善の実施に伴う法令手続き(電気事業法の工事計画届出、高圧ガス保安法の変更許可・届出)は 設備投資フロー・工事の法令手続きガイド・法定業務一覧 が正典です。効果額が大きいことは、手続きを省略してよい理由になりません。
実務慣行・社内目安(法定値ではない)¶
- 効果の 3 分類、7 つの出口、計算式は、原価計算・投資評価の一般的な整理です。自社の稟議規程・原価計算基準が優先します。
- 計算例に用いた単価・数量(45,000円/人日、3,000円/h、120,000円/h ほか)と初期投資額は、計算手順を示すための仮置きの例です。自社の実額に置き換えてください。
- 在庫保有コスト率「15〜25 %」は一般的な目安であり、自社の値は経理が持ちます。
- 実績照合のしきい値「計画の 80 %」は運用上の目安です。
- 単純回収期間は時間価値を考慮しない簡便法です。投資額が大きい案件は、自社規程が定める評価方法(正味現在価値・内部収益率など)に従ってください。
限界の明示¶
- 限界利益の定義は自社の原価計算方式に依存します。 全部原価計算と直接原価計算では変動費の範囲が変わります。必ず経理が使っている定義に合わせてください。
- 効果の帰属(発注者側の設備担当・保全担当・調達担当のどこの実績とするか)は社内ルール次第です。ベンダー変更のように調達側と重なるテーマは、提案前に帰属を合意しておかないと、後から効果の取り合いになります。
- 本ページは方法論のみを扱い、自工場固有の単価・実績値は含みません。
- 7 つの出口は電気計装の改善テーマを想定した整理です。プロセス側の収率・原料原単位の改善は対象外で、製造・技術部門の原単位管理の枠組みで扱ってください。
照合日: 2026-09-12(本ページは repo 内の関連ページとの整合のみを確認。外部の一次資料に照合すべき法令記述を持ちません)。
関連ページ¶
- 設備投資フロー — 稟議・法定手続きを含む投資の全体フロー(効果額はその稟議資料の一部)
- メーカー選定 — ベンダー変更の技術評価・同等性確認・供給継続性(技術面の正典)
- 改造・更新設計の注意点 — 更新か修繕かの判断材料
- 力率改善ROI — 出口 3 の具体例(力率割引制度に基づく投資回収計算)
- インバータ省エネ計算 — 出口 2 の具体例(消費電力量の削減計算)
- デマンド管理 — 出口 3 の前提となる契約電力の決まり方
- 停電作業 — 計算例に挙げた全停電工事の作業手順
- 保全体系 — 保全方式の変更(TBM/CBM)を検討する際の前提
- 予備品管理 — 出口 5 の在庫削減で前提となる予備品の考え方
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